フルボ酸とは

                             神戸大学教授 藤嶽 暢英 学術博士著

 

フルボ酸を説明するためには腐植物質の説明が必要ですのではじめに腐植(フミン)物質の説明をします。

 

1. 腐植(フミン)物質とは

腐植物質とは、土壌、河川や湖沼・海洋などの水、湖底や海底堆積物、大気にまで広く存在する物質です。起源となる物質は微生物を含めた動植物の遺体や燃焼炭です。それらから腐植物質の形成環境にそれぞれ応じた分解や重合などの生物的・化学的反応がおこって形成されます。例えば、起源となる植物の種類、形成環境に存在する微生物の種類、温度や水分・酸素条件、光の影響の強弱、形成にかかる時間のどれか一つでも異なると性質の異なった腐植物質が形成されます。腐植物質は、学術的には高分子電解質混合物などと表現されることが多いですが、一般的には自然界で自然にできた茶色い物質というほうが理解しやすいかもしれません。茶色い物質としては、髪の毛や皮膚のメラニン成分や木材中のリグニン成分、醤油やカラメルのメラノイジン成分などがありますが、それらに似ている部分もありますが、それらとは異なる天然物です。

 

腐植物質の機能(役割)は、農業面では土壌の物理性改善(土壌団粒形成のための接着剤)や養分元素の保持・供給、植物成長促進作用(植物ホルモンに類似した作用)などが知られています。環境面では有機汚染物質や重金属、放射性元素などとの吸着や複合体形成によってそれらの移行挙動を左右する役割が、また、生態系や地球規模での環境面では陸から海への栄養元素(鉄など)の供給や難分解性のために炭素蓄積に貢献して待機中の二酸化炭素の上昇を抑制するなどの、多くの役割を自然界で果たしています。

 

こうした多くの役割を持つ腐植物質ですから研究は世界中で行われ、200年以上の前の1786年にはすでにドイツの科学論文に登場しています。日本では江戸時代、老中田沼意次が権勢を奮った晩年にあたり、2年後にはフランス革命が勃発している時代です。また、種の起源で著名なダーウィンや、ストレプトマイシンの発見でノーベル生理学・医学賞(1952年)を受けた抗生物質の生みの親、ワックスマンも腐植物質を研究したひとりです。ただし、腐植物質は特定の化学構造を持つ物質のことを指すわけではなく、複雑な物質が混ざり合った成分名ですので、現代の科学力ではまだ十分に理解するには至っていません。例えば森をイメージしてください。森には多くの役割があることは理解できますが、森に生えている木の一本一本を理解し、そこに生息する虫や動物を全て理解できたとしても、森を知ることは容易ではないですし、森は場所によって様々な性質と言えますね。腐植物質とはいわば森であり、成立している環境によって性質も役割のバランスも異なるわけです。

 

2. フルボ酸とは

フルボ酸とは、これまで述べたような腐植物質の中で、どのようなpHの水にも溶ける成分のことを指すのですが、腐植物質が特定の成分を指さない以上、フルボ酸もしかりです。腐植物質の研究の中でもフルボ酸を研究する精製工程が複雑で労力を要するために腐植酸(フミン酸:アルカリ性溶液に溶けるが酸性溶液には溶けない)に比べて圧倒的に研究が少ない成分です。

 

ただし、水に対する溶解性が高いために機能面での注目度は高く、キレート錯形成による金属の溶解・運搬についての研究を中心に近年では研究が盛んになってきました。キレートとはラテン語でカニの爪に由来していて、フルボ酸に含まれるカルボキシ基(COOH)や水酸基(OH)が爪となって金属などのイオンをガッチリ挟んで複合体を形成することができます。また、水に溶けやすいので、水耕栽培をはじめとする植物生長試験や美容健康品として飲用や塗布しやすいということも影響して研究はもとより、商品としても市場に出回りやすい傾向があります。ただし、キレート作用以外の効果については科学的根拠が不明なケースがほとんどです。これは腐植物質の記述にあるように、起源物質やそれが形成された環境(場所)、形成された時間、さらには精製(製造)工程が異なれば同じフルボ酸と言ってもそれぞれ異なる性質を示し、効果の比較や保証(再現性)がなかなか得られないことが大きな原因でもあります。

 

腐植物質を専門に扱う唯一の国際組織である国際腐植物質学会(International Humic Substances Society: IHSS)では、この混乱を避けるために標準法(IHSS法)を定めています。しかし、一般に市場流通するようなフルボ酸はこうした標準法で調整されたものではなく、学術研究でいうところのフルボ酸とは成分として大きなギャップがあります。